So Fishmans!(my fishmans life)


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フィッシュマンズが10月から11月にかけて東名阪ツアー「FISHMANS TOUR "LONG SEASON 2023"」を開催する。彼らがツアーを行うのは、デビュー25周年を記念して2016年に開催された「FISHMANS TOUR "LONG SEASON 2016"」以来7年ぶりとなる。またツアーの決定に合わせて、スペシャルゲストとしてハナレグミとUAがライブに参加することも発表された。

 

2010年代の中盤より、ネットを中心に海外の音楽ファンの間で草の根的に知名度を高めていたフィッシュマンズ。2018年8月に各種ストリーミングサービスで楽曲配信がスタートするやいなや、彼らに対する注目度は飛躍的に上昇していった。中でも今回のツアータイトルに冠されたアルバム「LONG SEASON」はアメリカ最大手の音楽コミュニティ「Rate Your Music」のオールタイムベストランキングで31位(2023年7月25日現在)を記録するなど高い人気を誇っている。

 

1995年にレーベルをポリドールに移籍し、プライベートスタジオ・ワイキキビーチを手に入れたフィッシュマンズは、1996年2月にアルバム「空中キャンプ」を発表。劇的な進化を遂げたサウンドで多くの音楽ファンに衝撃を与えた。そんな彼らが高まる創作意欲をそのままに、同年10月にリリースしたのが、1曲35分16秒からなるワントラックアルバム「LONG SEASON」だ。世界規模で“新規”のフィッシュマンズファンを生み出すきっかけとなっている本作はいったいどのようにして生み出されたのか? 音楽ナタリーではツアーに先がけ「LONG SEASON」を掘り下げるインタビューを実施。メンバーの茂木欣一(Dr, Vo)に話を聞いた。なお取材には当時の状況をよく知るマネージャー植田亜希子氏にも立ち会ってもらった。

 

取材・文 / 望月哲 撮影 / 相澤心也

 

 

 

海外で高まるフィッシュマンズ人気

 

──フィッシュマンズの東名阪ツアーが決定しました。前回の25周年ツアー(「FISHMANS TOUR "LONG SEASON 2016"」)が2016年だから、7年ぶりになるんですね。

 

茂木欣一(Dr, Vo) 7年も経ってるんだ! そう考えると超ひさしぶりですね。

 

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

 

──このタイミングでツアーを行おうと思ったきっかけは?

 

茂木 ここ最近、海外の音楽ファンがフィッシュマンズを聴いてくれているという話をたびたび耳にするようになって。以前は、歌詞が日本語だということもあるし、正直、言葉の壁を超えるのは難しいのかなと思っていたんです。もちろん、どこで演奏しても負けないくらいのものを持っているバンドだとは思っていたんですけどね。それが今では、ネットの影響もあっ僕らの想像を超えるくらい、世界中でたくさんの人たちがフィッシュマンズを聴いてくれるようになって。改めてフィッシュマンズの音楽を多くの人たちに届けていきたいという気持ちがここ最近すごく強まっていたんです。それがまず1つ目の理由で。

 

──はい。

 

茂木 2つ目はフィッシュマンズのドキュメンタリー映画(2021年7月公開の「映画:フィッシュマンズ」)が公開されたことですね。あの映画では、メンバーやバンドに関係してくれている人たちが、それぞれ自分たちの言葉で佐藤(伸治 / Vo)くんのことを語っているんです。それこそ心の中にずっとしまっていたようなことまで。佐藤くんが亡くなってから20年以上が経ったあのタイミングで、ああいう形でフィッシュマンズの歴史を丁寧にまとめてもらったことで、自分たちの中で少しホッとした部分があったんです。1つ気持ちに区切りがついたというか。今まで以上にポジティブな気持ちでフィッシュマンズの音楽に向き合えるんじゃないかと思うようになって。そういう意味でも今、ツアーを行うのはすごく意味があるんじゃないかと思ったんです。

 

──2010年代の中盤以降、海外の音楽ファンの間でフィッシュマンズの作品に対する評価が年々高まっていて、中でも人気が高いのが今回のツアータイトルにもなっている「LONG SEASON」なんですよね。世界規模で新規のファンを取り込んでいるという意味でも、「LONG SEASON」は今後のフィッシュマンズを語るうえで重要な作品になってくると思うんです。

 

フィッシュマンズ「LONG SEASON」ジャケット

フィッシュマンズ「LONG SEASON」ジャケット

 

茂木 なるほど。確かにそうかもしれないですね。

 

──なので、今回のインタビューでは「LONG SEASON」という作品がどのようにして生まれたのかを茂木さんにこのタイミングで改めて振り返っていただければと思います。

 

茂木 わかりました。よろしくお願いします。

 

 

1つの円を描くように音が鳴り続けるイメージ

 

──「LONG SEASON」は今から27年前の1996年10月25日にリリースされました。「1曲でアルバムを作る」という構想自体は、前作にあたる6thアルバム「空中キャンプ」(1996年2

月1日発売)を制作している段階で、すでにあったんですよね?

 

茂木 そうですね。具体的になったのは「空中キャンプ」のマスタリングが終わったあたりかな。あのアルバムは8曲で1つの世界を表現しているような作品だったんですけど、だったら8曲分の世界を1曲でも表現できるんじゃないかという話になって。みんなでディスカッションしている中でそういうアイデアが自然に出てきたような記憶があります。自由な発想をどんどん形にしていこうみたいな空気がバンドの中にあったんで。

 

──「空中キャンプ」のレコーディングで手応えを感じたことも大きかったんでしょうか?

 

茂木 めちゃくちゃありましたね。レーベルを移籍して、自分たちのプライベートスタジオ(ワイキキビーチ)を持って、やりたいことが自由にできるようになって。プライベートスタジオでの最初の作業が「ナイトクルージング」のレコーディングだったことも大きかったと思います。佐藤くんが考えたループするシーケンスや、HONZIが弾いたラストのピアノのフレーズ……それだけで心が持ってかれちゃう感じというか。あの響きが永遠に続いたらいいのに、みたいな。そういう感覚を1曲に落とし込みたいという願望がずっとあって。1つの円を描くように音が鳴り続けている、そういうイメージがみんなの頭の中に漠然とあったような気がするんですよね。

 

フィッシュマンズのプライベートスタジオ、ワイキキビーチの外観。

フィッシュマンズのプライベートスタジオ、ワイキキビーチの外観。

 

──周りのスタッフやレコード会社の反応はどんな感じでしたか?

 

茂木 反対意見はなかったです。ディレクターの佐野(敏也)さんも面白いことをどんどんやっていこうというタイプだったし。今思えば、佐野さんがディレクターだったことは僕らにとってラッキーでしたね。Grateful Deadが大好きな人だから長い曲にも全然抵抗がなくて。

メンバー、スタッフ含め、誰も迷ってなかったと思います。「こんなことやっていいのかな?」ということよりも、「このアイデアにふさわしい曲を早く作ろう」というところに、みんなの意識が向かっていたから。そこで「SEASON」という曲をアルバムに膨らませていこうという話になって。

 

「LONG SEASON」発表時のフィッシュマンズ。

「LONG SEASON」発表時のフィッシュマンズ。

 

 

“季節”というテーマがインスピレーションを掻き立てた

 

──当初は7thアルバム「宇宙 日本 世田谷」(1997年7月24日発売)に収録されている「バックビートにのっかって」がワントラックアルバムの候補曲だったそうですね。

 

茂木 そう。佐藤くんが最初に書いてきたのがあの曲だったんです。「バックビートにのっかって」は、それこそ「終わらない夜」という歌詞で始まるし、イメージ的にもぴったりだと思ったんですけど……このあたり、ちょっと記憶が曖昧ですね。(同席した植田マネージャーに)植田さん覚えてる?

 

植田亜希子マネージャー 「バックビートにのっかって」は、みんなでスタジオに入って1回合わせていますね。

 

茂木 そうだ、スタジオに入ったね! 楽曲的にも1つのグルーヴがずっとつながっていくような構成だから、あの曲がアルバムになる可能性があったかもしれないけど……なんでならなかったんだろう?

 

植田 いざ演奏してみたら、長くならなかったんじゃないですか?

 

茂木 ははは。でも意外にそういう単純な理由だったかもしれないね。1枚のアルバムにするには、要素が足りなかったのかな。

 

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

 

──その次に佐藤さんが書いてきたのが「SEASON」だったんですか。

 

茂木 そうです。「SEASON」はシングル用に書かれた曲だったんですけど(1996年9月25日にシングルとして発表)、初めて聴いたとき、「これはイケるかも」っていう予感みたいなものをみんなおぼろげに感じていたと思うんです。おそらく“季節”というテーマがインスピレーションを掻き立てたんでしょうね。春夏秋冬と季節が巡っていく感じが、先ほどお話しした円を描くように音が鳴り続けているイメージとシンクロしたというか。あの曲の中には、夕暮れ時とか、いろんな風景が描かれていますからね。そういう意味でもイメージを膨らませやすかったのかもしれない。

 

 

誰も聴いたことのない音楽を作っているという実感

 

──作業はどのようにスタートしたんですか?

 

茂木 最初にみんなでスタジオに入って、アレンジのアイデアを出し合って。これはすごく覚えてるんですけど、HONZI(Key, Violin, Accordion Organette20, Cho)が「LONG SEASON」のキーになる「タラララ タラララ」っていうピアノのフレーズを突然弾き始めたんですよ。それを聴いた瞬間、「これは絶対いい作品になるぞ!」と思ったんです。HONZIが手弾きしたピアノのフレーズを忘れないうちにMIDIに打ち込んで、その音源をベーシックにして演奏した記憶があります。それと同時に、みんなで全体の構成も考えました。僕らは普段、五線譜を使わずに、佐藤くんの歌詞の上にコードだけ書いて、それをもとに演奏していたんですけど、さすがにこれだけ長い曲だから、ある程度構成を考える必要があるよねって。まっさらな紙に横線を引いて、大まかな展開や分数を書き込んで、それをみんなで共有するようにしました。

 

ワイキキビーチで作業をする佐藤伸治(Vo)と柏原譲(B)。

ワイキキビーチで作業をする佐藤伸治(Vo)と柏原譲(B)。

 

──まずは、ざっくりと全体の構成を決めて。

 

茂木 そうですね、A・B・C・Dみたいな感じでパートに分けて。僕らの中でAパートと呼んでいる部分に関しては、ほぼほぼ決まってたんですよ。Aパートっていうのは、実際の音源で言うと出だしからドラムとパーカッションのセッションに移行するまでの生演奏のパートですね。あとは後半から終盤に向かうDパートの展開もなんとなく見えていたから、最初に生演奏のパートをまとめてレコーディングして。それ以外のパートは完全に未知でした。

 

──生演奏のレコーディングで何か印象的だったことはありますか?

 

茂木 今みたいに編集でサクサク直せる時代ではなかったので、とにかく緊張しましたね。今までにないような構成で、小節数も自分たちで独自に決めたものだったので、ここは16小節だけど、次は12小節で展開を変えようみたいな(笑)、そういう作業をメンバー3人とサポートメンバーのHONZI、関口“ダーツ”道生さん(G, Cho)の5人で真夜中に延々やってからレコーディングに臨みました。でも、15分近く延々演奏するわけだから、途中で自分がどこを叩いているのかわからなくなっちゃうような瞬間もあって。確かあのときは、植田さんが「あと何小節」って書いたプラカードを掲げてくれたような……。

 

植田 それ、佐藤さんがやってました。

 

茂木 佐藤くんがやってたのか! つまり佐藤くんは歌ってなかったんだ。それは演奏するのが難しいわ(笑)。佐藤くんの歌も一緒に録音してたと思い込んでた。

 

植田 回線の問題で歌は別録りにしたのかもしれませんね。佐藤さんは後日、ワイキキビーチで歌録りをしてます。

 

茂木 そうだったんだ。でもプラカードに書かれていたことは覚えますよ。「あと何小節で『くちずさむ歌はなんだい?』に!」みたいなことが書いてあった。生演奏のパートはヴィヴィッドスタジオっていう、わりと広めのスタジオで録音したんだよね。部屋を暗くして。

 

茂木欣一(Dr, Vo)茂木欣一(Dr, Vo)

 

植田 茂木さんは、まん丸いマイク1本で録音していました。

 

茂木 そうそう! マイクの数はすごく少なかった。

 

植田 茂木さんの前に、バボちゃんみたいなバレーボールくらいの大きさのマイクが置かれて(笑)。ZAKさんに音が被らないように気を付けてと言われた気がします。

 

茂木 要は演奏を間違えられないっていうことだよね。間違えたら最初からやり直しなんで。

 

──めちゃくちゃテンションの高い現場ですね。

 

茂木 でも僕らは普段からそういうレコーディングをしていたから。あくまでも生演奏のグルーヴにこだわっていたし、簡単に編集で直すようなこともしなかった。時間の移ろいにしたがって、ちょっとずつグルーヴやノリが変わっていくことがあっても、僕らはそういう部分をむしろ大事にしていたんですよね。ただ「LONG SEASON」に関しては、演奏時間が長いから、いつもに比べて緊張感はありました。でも、それ以上に「今、僕らはめちゃくちゃ面白いことにトライしてる!」っていうワクワク感のほうが強かったです。緊張しつつも、笑顔で演奏した記憶があって。誰も聴いたことのないような音楽を自分たちが今、作っているんだという実感がありましたね。

 

 

ワイキキビーチの内観。

ワイキキビーチの内観。

 

ワイキキビーチの内観。

ワイキキビーチの内観。

 

 

ゲストミュージシャンの選出基準は?

 

──「LONG SEASON」にはASA-CHANG(Per)、佐藤タイジさん(G / シアターブルック)、UAさん(Cho)、MariMariさん(Cho)といったゲストが参加しています。ゲストの人選はどのように決めたんですか?

 

茂木 まずASA-CHANGに関して言うと、僕らの数少ないミュージシャン友達だったんです。当時は、ほかにBuffalo Daughterぐらいしか音楽仲間がいなくて。僕ら本当に閉じてたんですよ(笑)。ASA-CHANGとは当時、彼がピアニカ前田さんたちとやっていたピラニアンズというバンドのセッションに呼んでもらったことがあったり、昔からすごく近しい関係で。何よりも凄腕のパーカッション奏者なので、「LONG SEASON」という作品に面白い色付けをしてくれるだろうなという確信みたいなものがあったんですよね。

 

──ASA-CHANGとのレコーディングでは1対1で向き合って演奏したそうですね。

 

茂木 あのレコーディングは刺激的でしたね。ASA-CHANGは、ああいうインプロビゼーションっぽい演奏に慣れてるから、僕が彼のプレイに触発されるような感じでした。

 

──演奏はアドリブで?

 

茂木 完全にアドリブです。自分的には夏休みに花火をやっているような感覚というか、そういうイメージを思い浮かべながらドラムを叩きましたね。ASA-CHANGが現場にいろんなパーカッションを持ち込んで、次々面白いアイデアを繰り出してくるので、僕も負けじと自分ができる限りのプレイで懸命に応戦して。

 

──あのテイクはいつ聴いても鳥肌が立ちそうになります。

 

茂木 いい緊張感がありますよね。ドラムの演奏に関しては、当時よく聴いていたBOREDOMSからの影響があるかもしれませんね。口ずさめるようなリズムパターンなんだけど、聴いた人の脳裏になんらかの映像を呼び覚ますような、そういうパートにしたいなと思ってました。

 

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

──佐藤タイジさんの参加は当時、ちょっと意外に感じました。これはどういうつながりで?

 

茂木 当時、シアターブルックの「ありったけの愛」という曲が巷でよく流れていて、タイジさんは気になる存在だったんですよね。ボーカリストとしてはもちろん、ギタリストとしてもすごいという認識がメンバーの中にあったんで、それで声をかけさせてもらって。

 

植田 確か佐藤さんが「ギター対決をやろう!」って言い出したんだと思います。

 

茂木 そうだそうだ。僕とASA-CHANGがアドリブでセッションしたり、“対決”みたいなテーマがあったよね。それでタイジさんには、関口さんとギターで対決してもらって。タイジさんも、すごいギターを弾いてくれましたね。

 

──UAさんはどういう経緯で?

 

茂木 UAはもともと大阪時代にHONZIのルームメイトだったんですよ。確かZAKとも昔から知り合いで。当時UAがスタジオの近くに引っ越してきて、それで声をかけたんじゃないかな。

 

植田 佐藤さんが引っ越しを手伝ったみたいです。洗濯機を運んだり(笑)。

 

茂木 そうだったんだ(笑)。Aパートの最後に女性コーラスを入れたいねという話になっていて。これはメンバーによってバラバラだと思うんですけど、僕の中ではPink Floydのアルバム「狂気」に入ってる「The Great Gig in the Sky」という曲の女性ボーカルをイメージしていたんです。だったらUAにお願いしようって。確か「情熱」がヒットした直後ぐらいじゃないですか?

 

──そうです。「情熱」が1996年6月リリースなので。

 

茂木 UAはとにかく明るくてテンションが高かったですね。僕らは3人ともシャイだったんで圧倒されちゃって(笑)。

 

──歌入れについて、イメージのようなものは伝えたんですか?

 

茂木 いえ、特には。フィッシュマンズの現場では、参加してくれる人に、なるべく細かい指示を出さないようにしてるんですよ。あんまり明確なイメージを伝えすぎると、その通りになっちゃってハプニングが起きないから。そういうのはもったいないと思っちゃうんで、UAにも自由に歌ってもらいました。UAはスタジオに1人でこもって歌入れしてましたね。プレイバックを聴いたら、言葉にならないような感情を見事に声で表現してくれて、すごいシンガーだなと思いました。

──UAさんのエモーショナルな歌声とMariMariさんのみずみずしい歌声のコントラストも絶妙ですね。

 

茂木 Mariの声もいいですよね。彼女は佐藤くんの生活に欠かせないパートナーだったし、フィッシュマンズの一番近くにいたシンガーだったので。そういう意味でもMariの声が作品に入ってるのは僕らにとって、すごく自然なことだったんです。ちなみに「空中キャンプ」の1曲目に入ってる「ずっと前」のイントロのコーラスはMariの声をサンプリングして使ってるんですよ。確かデモテープに入ってた声をそのまま使ったんじゃないかな。

 

「LONG SEASON」の販促用フライヤー。

「LONG SEASON」の販促用フライヤー。

 

──そうだったんですね。

 

茂木 あと、「LONG SEASON」にはもう1人ゲストがいるんですよ。当時ディレクターだったフジパシフィックの森本(正樹)くん。僕とASA-CHANGの打楽器対決が終わったところから始まるCパートに口笛が入ってるんですけど、あれは森本くんなんです。

 

植田 ちゃんとオーディションをしたんですよ(笑)。そしたら森本さんが一番口笛がうまくて。

 

茂木 それで「森本くん、よろしく!」って(笑)。Cパートに入ってる佐藤くんの「パー パパパパパパー」っていうコーラスは、佐藤くんががんばって1人で録音したはずなんですよ。僕はそこの録音には立ち会ってないですね。植田さんは見てるのかな?

 

植田 見てないです。自宅で作業していたと思います。

 

茂木 Cパートに関しては、佐藤くんがほぼ1人で作ってましたね。それでひと通りのレコーディングが終わった感じです。

 
 
ZAKが目から血を流しながら作業していた
 
──諸々のレコーディングを終えて、そこから先はZAKさんの作業になるわけですよね。資料によるとミックスと編集に2週間以上を費やされたそうです。
 
茂木 あのミックス作業は尋常じゃなかったと思いますよ。ひたすらスタジオにこもって作業してましたから。奥多摩までジャケットの撮影に行くことになって、午前中にスタジオに集合したらZAKが夜通しで作業してて。撮影を終えて夜、スタジオに戻ってきたら、2階からまだ作業してる音が聞こえてくるんですよ。それで佐藤くんとユズル(柏原譲 / B)が見に行ったら、ZAKが目から血を流しながら作業してたみたいで。なんという集中力だと思いました。
 
作業の合間に休憩する柏原譲(B)。
作業の合間に休憩する柏原譲(B)。
 
──完パケした音源を最初に聴いたときの印象はいかがでしたか?
 
茂木 「たぶんこういう感じになるんだろうな」という、なんとなくのイメージはあったんですけど、それを遥かに超えていましたね。あれだけの要素を1曲にまとめあげたZAKの功績は半端ないと思います。今に比べてデジタルレコーディングの技術が未発達だった96年にあれをやれちゃったのは本当にすごいことなんです。そもそもパソコンのメモリが死ぬほど高かったですから(笑)。当時は録音したトラックをやむを得ず消して、使えるデータの容量を確保してから、そこに新しいトラックを入れたりしてたんで。トラックをバックアップするためにメモリを買い足していくと、すごい値段になっちゃうわけです。フィッシュマンズの制作費用は決して潤沢ではなかったので、ZAKはそういう問題とも闘いながらミックスに取り組んでくれて。絶対に大変だったと思う。ただでさえあんなに細い体なのに、大げさではなく命を削っ
て「LONG SEASON」を形にしてくれたと思います。
 
ワイキキビーチの壁に描かれた落書き。落書きは主に佐藤伸治(Vo)によるもの。
ワイキキビーチの壁に描かれた落書き。落書きは主に佐藤伸治(Vo)によるもの。
 
佐藤伸治(Vo)による落書き。
佐藤伸治(Vo)による落書き。
 
 
「LONG SEASON」の意外な初披露の場とは?
 
──素朴な疑問なんですけど、「LONG SEASON」をライブで演奏することは想定していたんですか?
 
茂木 作ってる最中は、そこまで考えが及ばなかったですね(笑)。「LONG SEASON」という作品を完成させることしか頭になかったんで。1枚の大きな絵を描き上げるような感覚でした。でも、のちのちライブで演奏することになるので、心のどこかに「この曲を再現したい」という気持ちはあったかもしれない。
 
──ちなみに「LONG SEASON」がライブで初披露されたのは、1996年11月29日に行われたDe La Soulの来日公演のオープニングアクトをフィッシュマンズが務めたときでした。会場は当時、新宿にあったLIQUIDROOMです。
 
茂木 よく覚えてます。お客さんガラガラでしたね(笑)。
 
──海外アーティストのオープニングアクトで、誰も知らない30分超の新曲を演奏するって、今思うとめちゃくちゃ攻めてないですか?(笑)
 
茂木 ははは。確かに(笑)。でも、あれはチャンスだったんですよ。オールナイトのイベントで、23時に会場がオープンして、いわゆるDJタイムみたいなものが続いて、確かDe La Soulが出てきたのは明け方くらいだったんじゃないかな。僕らは、あまりお客さんが入っていないであろうオープン直後の23時台にブッキングされて、「これは絶好のチャンスだ!」と(笑)。会場にいたのは、ほんの数十名だったと思うんですけど、そこにいるお客さんに聴かせるでもなく、躊躇なく「LONG SEASON」を演奏した記憶があります。
 
──ある種、試運転というか。お客さんの反応はいかがでしたか?
 
茂木 ポカーンですよね。当たり前ですけど(笑)。12月に「LONG SEASON '96~97」というツアーが始まることが決定していたので、少し言葉は悪いけどウォーミングアップみたいな感じでしたね。ツアーで「LONG SEASON」を演奏することは決まっていて。それにしても11月29日に初めて演奏して、12月3日にツアーがスタートしてるんだから、今思うとすごいですね(笑)。
 
「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。
「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。
 
──12月26日に赤坂BLITZで行われた「LONG SEASON '96~97」の最終公演は僕も観に行きましたが、「LONG SEASON」の演奏が終わったときの「すごいものを観てしまった……!」という会場全体の空気をいまだに覚えています。
 
茂木 僕らとしても、すごく手応えがありましたね。リハーサルでも「LONG SEASON」だけ繰り返しやってたんで。本当に延々やってたんですよ。
 
──「LONG SEASON」をライブで演奏するときのテンションってどんな感じなんですか?
 
茂木 やっぱり緊張しますね。最初のシーケンスが鳴り始めた瞬間に背筋がピンと伸びるというか。「始まったな……」という感じがすごくある。毎回ドキドキしますよ。みんなで一緒に同じ箇所を間違えるんだったらいいけど、1人だけ勘違いして小節数を間違えると大変なことになってしまうので。僕らはヤマハのQY10というサンプラーを使ってシーケンス出しをするんですけど、そのボタンを押すのがユズルなんですよ。ボタンが小さいし、あれは緊張するんじゃないかな。特に難しいのが後半のDパートに入る箇所。あそこはユズルがサンプラーのボタンを押しながらベースの1音目を鳴らすのと、僕がドラムを叩くタイミングが一緒なんですよ。毎回、目配せでやってて。
 
──そうなんですね!
 
茂木 だからボタンを押すのを失敗したら、とんでもないことになるんです(笑)。ただ当時は全員30歳前後で半端なく集中力があったし、いやというほどリハーサルを繰り返して構成を体に叩き込んでいたんで大きな問題は起こらなかったですね。約40分、集中力の塊っていう感じでやってました。
 
茂木欣一(Dr, Vo)
茂木欣一(Dr, Vo)
 
──「LONG SEASON」の演奏がスタートした瞬間、会場の空気が一変する感じがありますよね。曲が進むにつれ、どんどん異世界に飛ばされていくような感覚を毎回覚えて。ちょっとしたトランス状態というか。演奏している皆さんも“プレイヤーズハイ”みたいな状態になるようなことはあるんですか?
 
茂木 あります。すごくノリが気持ちいいときは、シーケンスと演奏が合ってるとか合ってないとか、そういうことをまったく意識しない状態になるんですよ。「体が地面からちょっと浮いてるような感覚になるよね」って、みんなでよく話すんですけど。本当に無敵な感じというか。スカパラのメンバーはそれを“自動演奏状態”って呼んでるんですけど、まさにその表現がぴったりで。ライブでハイな状態になると自分が演奏してる感じがしないんです。「LONG SEASON」の演奏でも何度もその感覚を味わっていて。あれは何物にも代えがたい幸福感ですね。
 
──プレイヤー冥利に尽きるという。
 
茂木 そうですね。「こんな気分になれるような曲を自分たちは作ることができたんだ!」って。本当に幸せな瞬間です。それはスカパラの現場でも同じで。自分たちの作ったもので、いつでも最高に幸せな瞬間を味わいたい。その気持ちはずっと変わらないですね。
 
「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。
「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。
 
「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。
「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。
 
 
海外で「LONG SEASON」を鳴らしたい
 
──最後に改めて、「LONG SEASON」という作品が今現在、世界的に評価されていることについて、茂木さんはどのように感じていますか?
 
茂木 やっぱり、すごくうれしいですよね。ただ僕らとしては、純粋に自分たちが聴きたかった音楽を作っただけで、それこそ“特別な夏の創作物”みたいな(笑)。自分たちがワクワクできるような宝物ができた感じなんですよ。作った当時は、日本の音楽シーンを変えてやろうとか、そういう気持ちも全然なかったですし。
 
──それが発表から27年を経て、海を越えて世界中の人々に届いているというのは素敵なことですよね。
 
茂木 本当にそうですよね。フィッシュマンズの音楽は時代を超えて、いろんな人のもとに届くべきだという思いが、僕の中にはずっとあるんです。それこそ「いかれたBaby」なんて、あの曲を発表した90年代には想像できなかったくらい、今ではいろんな人たちが口ずさんでくれる楽曲になっていて。驚きもしているけど、その一方で、「やっぱり愛されるべき曲だよね」という気持ちもあるんです。そうこうしてるうちに今度は海外の人たちもフィッシュマンズの音楽を聴いてくれているという情報がどんどん入ってきて……これは個人的な願望なんですけど、来年ニューヨークで「LONG SEASON」を演奏したいなと思ってるんですよ。
 
──え! それはぜひ実現してほしいです。
 
茂木 スケジュールさえ合えば、やってみたいですね。でも本当にびっくりしますよ。こないだもスカパラのライブでメキシコに行ったんですけど、現地のフィッシュマンズファンが「I'M FISH」って書いてあるフィッシュマンズのTシャツを着て、ホテルのロビーで僕のことを待ってくれていたんですよ。しかも(元メンバーの)ハカセ(HAKASE-SUN)の名前も知っていたりして、本当に好きで聴いてくれてるんだなって。あとニューヨーク留学から帰ってきた学生の知り合いにも、「みんな普通にフィッシュマンズ聴いてますよ」って真顔で言われてびっくりしました(笑)。正直、メンバーの年齢もどんどん上がっていくから、集中力があるうちに海外で「LONG SEASON」を鳴らしたいですね。やると決めたからには、本気で準備しないと。
 
──今回のツアーでも「LONG SEASON」の演奏を多くの人たちが楽しみにしていると思います。
 
茂木 ね! 僕らも今から楽しみです。少し前に話題になったモール・グラブの「LONG SEASON」リミックスにも刺激を受けましたし。「そうそう、この自由な発想が大事だよね!」って。90年代のフィッシュマンズは、その時々の気分で、ライブごとにどんどん表現を変えていったんですけど、今の自分たちも当時と同じくらい自由に音楽と向き合えるんじゃないかなと思っているので。2023年の今の気分で「LONG SEASON」を鳴らしたいですね。
 
茂木欣一(Dr, Vo)
茂木欣一(Dr, Vo)
 

 

 

 

https://natalie.mu/music/pp/fishmans

 

 

 

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